自力救済の禁止

「自力救済」。聞きなじみのない言葉だと思います。司法手続きを利用することなく、自身の力で強制的に権利を実現することをいいます。

お金の貸し借りによるトラブル
返済がなくても勝手に金品奪うと違法

例えば、友人にお金を貸したり、物を売ったりしたとします。しかし、弁済期(返す合意の日、または支払い日)が来ても、友人はいっこうにお金を支払ってくれません。お金を貸している人は「お金を貸している自分が債権者であり、友人に金銭を請求する正当な権利がある」と、友人の態度に不満を募らせるでしょう。そのような状況でまどろっこしくなり、「口で言ってもだめならば」と次の行動に出ることにしました。友人宅を訪れ、本人の承諾なしにお金の代わりになるような金目の物を持って帰ったのです。これは窃盗罪(刑法235条)であり、住居侵入罪(刑法130条前段)にも当たる可能性があります。さらに、友人が帰るよう促したにもかかわらず帰らなかった場合、不退去罪(刑法130条後段)にも該当する恐れがあります。

個人で他人の財産差し押さえは禁止
裁判所が許可した場合に限り強制執行

これらの行為が、なぜ犯罪になるのでしょうか。問題は、司法手続き(裁判所)を通さずに、個人の力で他人の財産をその意思に反して取得している点にあります。日本は法治国家なので、他人の財産を強制的(その意思に反して)に取り上げる場合、裁判所命令が必要になります。

警察も、国民の財産を強制的に差し押さえる場合、基本的に裁判所の令状により行っています。つまり、裁判等によって、裁判所が適法に他人の財物を強制的に取り上げてもよい、と許可した場合に限り、強制執行という手続きにより他人の財産を強制的に取り上げることができるというわけです。

自己判断でなく弁護士に依頼を

もしこのような事態に直面した場合、自分で判断することなく、まずは弁護士に相談してください。弁護士は、当事者の話を聞いて証拠関係を精査し、裁判での勝訴見込みをお伝えします。もっとも、証拠の不足等により弁護士が難しいと判断することもあります。

 

山陽新聞レディアホームロイヤー(H25.9.25)

 

扶養義務者間における扶養費用の請求

Q:私は長年、母の面倒を見てきました。一方、私の兄弟は、母のために一度も援助してくれたことはありません。もちろん母の面倒を見ること自体に不満があるわけではないのですが、母の扶養について兄弟に負担を求めることはできないのでしょうか。
A:他の扶養義務者に「求償請求」できる

 収入や財力などの事情考慮し金額決定

民法877条第1項は「子が親を扶養する義務」を定めています。それゆえ、子が親の面倒を見ることは法律上の義務でもあるといえます。もっとも、その義務は、扶養義務者間において平等に負担すべきと考えられています。

一人の扶養義務者が、負担分を超えて扶養した場合には、他の扶養義務者に対して、過去の負担分を超えて負担した扶養料について請求すること(求償請求)ができると考えられています。しかし「求償請求」とは、例えば二人兄弟の兄が母親のために100万円を扶養料として負担した場合に、その半額の50万円を弟に請求できる、といった単純なものではありません。実際の請求では、扶養義務者の資力(収入や財産)等の一切の事情が考慮されて請求額が決定されることになります。

この問題は、家族間の問題であるため、話し合いで解決することが望ましいのは確かですが、話し合いで解決できない場合には、家事審判という裁判所を介しての手続きで解決する必要があります。当事者同士の話し合いでの解決が困難な場合には、一度弁護士に相談し、家族全員にとってより良い解決を目指すことをお勧めいたします。

(山陽新聞レディア2013.8.7)

医療事故情報センター総会記念シンポジウムに参加して

 

医療事故情報センター総会記念シンポジウム

「医療事故調、いよいよ法制化へ ~中立・公正な調査のための制度設計とは~」

に参加して

賀 川 進 太 郎

(岡山弁護士会)

私は、医療事故情報センターの正会員弁護士である。

平成25年5月18日、名古屋に赴き、ウインクあいちで開かれた医療事故調査機関の設立に関するシンポジウムに参加した。

医療事故調査機関の設立については、その必要性の議論がなされて相当に久しい。

しかし、未だ実現には至っていない。

我々医療過誤事件に従事する弁護士としては、医療過誤事件の専門性、秘匿性の壁を打破するためにも、このような調査機関の設立は従前からの悲願であった。

今回のシンポジウムにおいては、まず、医療事故情報センターの松山健弁護士の基調講演により、医療事故調査制度の経緯、目的などの説明が行われた。

その後、パネルディスカッションが行われた。

以下は、パネリストの意見とそれに対する私の所感である。

厚生労働省の提唱のモデル事業として、日本医療安全調査機構がある。

この事業については、ここ5年間で199件の調査実績がある。

松本博志医師は、このモデル事業は既に相当の実績があり、この事業を拡大する制度設計が良いとの意見である。

このモデル事業は、死亡事案に限定されているが、解剖を行って死亡原因の究明や再発防止のための評価を行っている。

調査費用として、1件あたり約100万円を要している。

私も、このモデル事業を拡大するのが一番現実的ではないかと考える。

また、医療事故情報センターの加藤良夫弁護士は、医療事故の抽出力を高めるため、医療事故調査の対象になる事件の基準を客観化する重要性について主張した。

私も、調査の入り口で恣意的な運用を避けるために重要な視点であると考える。

一方、日本医師会の寺岡暉医師は、院内調査機関に外部委員を入れることで公正を担保できるとして、院内調査機関の充実を主張する。

医師会の立場からのシンポジウム参加であり、第三者機関による事故調査機関よりも、院内調査機関の充実を図るべきという立場である。

私としては、たとえ外部委員を入れたとしても、院内という身内の調査である限り信用性の担保に問題があると考えざるを得ない。

最後に、消費者問題に詳しい中村雅人弁護士は、既に成立されている消費者事故調がさほど機能していない実情を指摘した。

私も、たとえ医療事故調査機関が設立されたとしても、中身が伴っていないものであれば現実には奏功しない危険性には十分留意するべきと考える。

これは、今後の立法に向けて重要な視点でもある。

以上のように、医療事故調査機関の設置とひとことでいっても、様々な問題があることが理解出来た。

いずれにしても、医療過誤事件を担当し、依頼者の苦悩を眼前に受ける弁護士としては、一刻も早い医療事故調査機関の設置が望まれる。

 以上

 

犬の飼い主の責任

今まで人を噛(か)んだことがない飼い犬が、人に噛みつき、大けがをさせてしまったらどうしますか。このような場合の飼い主の責任について考えてみましょう。

人に噛みつく危険がないとは判断されず
飼い主として「相当の注意」尽くすべき

「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない」という民法718条の規定があります。
すなわち、飼い主が飼い犬の管理について、その種類や性質に従い相当の注意を尽くしていない限り、責任を逃れることはできません。実際に、今まで一切人に噛みついたことがなかった犬であっても、犬である以上、人に噛みつく危険がないとは判断されず、飼い主が相当の注意を払う義務はなくなりません。
したがって、飼い主は、おとなしいと思って放し飼いにしていた室内犬であっても、来客者に対していきなり噛みつく危険を認識しておかなければなりません。また、鎖につながれた犬でも、訪問者に接触可能なつながれ方をしていたのであれば、やはり飼い主に責任が発生します。

犬に驚き、けがをした場合も責任は同じ
挑発など相手の過失が認められることも

また、鎖が古いなど、強度不足のために切れて噛みつかれた場合や、たとえ犬が噛みつかなくとも、来客が犬にいきなり吠(ほ)えられてびっくりして転倒し、けがをした場合なども、同様に飼い主はその責任を逃れられません。
もっとも、来客が飼い犬を挑発したり、不用意に手を出したりしたために噛まれた場合などは、来客にも過失が認められ、損害賠償額の減額、場合によっては免除になることもあります。

万が一に備え責任賠償の保険加入を

このように、犬の飼い主は、重大な責任を負わされる危険を認識し、万が一の場合に備えて、自動車などと同様に責任賠償保険に加入しておくことをお勧めします。

 

一人一票の実現に対立する利益とは?

平成25年3月26日広島高裁岡山支部「平成24年12月16日実施の衆議院岡山二区の選挙は無効」の判決。

前日の広島高裁に引き続き、今度は将来効なしの「無効」判決である。

 

伊藤真所長とご縁があって、平成22年の参議院選挙無効訴訟より、一人一票実現の高裁岡山支部担当として、升永英俊先生、久保利英明先生、伊藤真先生らのお手伝いをさせて頂いている。

この日は同時に6か所の判決日だったため、升永先生らは不在で、私の事務所の八木和明・加藤高明両弁護士の協力のもと記者会見などの対応に追われた。

 

岡山判決は、憲法上の国民主権原理から人口比例選挙が原則であることを導き、合理的な理由がない限り、投票価値の不平等は許容されないと判示する。

さらに、一人別枠方式の不合理性にも言及した。

 

一連の違憲判決を受けて0増5減の修正案が衆議院を通過した(平成25年4月23日)。修正案は依然として一人別枠方式を残すものであり、当然、都道府県境を跨ぐ選挙区を認めない。

他に21増21減案もあったが、これも都道府県枠維持については同様である。

都道府県枠を撤廃しない限り、人口最少県の定数を1としても他の都道府県の人口をこの最少人口で綺麗に割り切れるはずもない。

理論的に一人一票実現のため都道府県枠撤廃は必須の要請である。

 

国会議員は全国民の代表であり、都道府県の代表ではない。

しかし、修正案はいずれも都道府県に何議席配分するかの議論である。

そして、議員配分が減らされる都道府県は地方の声が小さくなるなどと抗議をし、都道府県対抗議席獲得合戦の様相である。

 

人口比例選挙は、国民主権から導かれる憲法上の要請である。

これは、岡山、福岡、金沢の各高裁判決も認めている。

 

一方、都道府県枠に拘って議席を配分する利益とは何か?

あまり議論されていないテーマであるが、実質的に一人一票実現の大きな障害であり今回論じることにする。

従前、裁判所は、都道府県は歴史的生活上の単位などという理由から都道府県の枠維持について一定の合理性を認めてきた。

しかし、平成24年の参院選無効訴訟の最高裁判決により、国会議員に地域代表的性質を持たせることは許されず、都道府県の枠組みは憲法上の要請ではないことが確認された(都道府県は法律で改変可能な存在にすぎない)。

 

しかし、一連の衆議院選挙違憲判決にもかかわらず都道府県枠維持の修正案が未だに大手を振るっている。

憲法上の要請を侵害しうるとすれば、それは憲法上の利益や要請以外にありえない。

これは最高法規たる憲法の性質上明白である。選挙区割につき国会の裁量を憲法上の要請と考えたとしても、国会独自の利益など観念できる訳もなく、国会が国民の利益に叶うように、選挙区割に裁量を有すると解する他ない。

 

では、都道府県枠維持とは憲法上の国民の利益なのか?

都道府県枠維持は、単に選挙区割の問題に過ぎず、都道府県の改廃や権限の縮小などの問題ではないから、地方自治の本旨とは無関係である。

結局のところ、複数の都道府県を背景にもつ選挙区選出の国会議員は存在しないという事実のみが利益というのである。

すなわち、ある選挙区から選出の議員は、ある1つの県だけの有権者から選出されたという事実だけである。

 

全国民の代表という点からみれば何の利益があるのか。

現に、比例代表議員はブロック単位(衆議院)や全国単位(参議院)で選ばれており、また、都道府県よりもさらに市民生活に密着している市町村については複数の市町村に跨る選挙区を容認している。これらと比較すれば都道府県枠維持の特殊性が理解できる。

都道府県枠維持に拘泥する理由は、都道府県の枠内で選出した議員ならばその都道府県の利益のために活動するという期待であろう。

 

現実には都道府県の枠内の予算獲得のためには好都合というのである。

副次的には選挙の応援体制について傘下の地方議員や県単位の党組織が動きやすいという点もあるであろう。

国会は予算決定権を有するが、あくまで全国民のための予算でなければならない。

この点、議員間で予算獲得合戦を行っている現状こそ大問題であって、むしろ都道府県枠を撤廃し、地域代表的性格を薄め、国政上の重要課題に向き合う方がはるかに国民の利益である。

 

このように都道府県枠維持の利益はどう解釈しても憲法上の利益や要請である訳もなければ、事実上の国民の利益ですらない。

当該都道府県枠内の予算奪取や選挙の応援の容易性の利益に過ぎない。

このような利益が、憲法上の人口比例選挙の要請に相対するなどと言うのもおこがましいのではないか。

 

憲法研究所への投稿ということで、憲法上の要請同士の衝突の視点ら一人一票実現について考えてみた次第である。

(法学館憲法研究所 H25.5.6今週の一言より)

一票の平等訴訟運動を支える若手弁護士十士

「主文、岡山二区の選挙は無効とする」

平成25年3月26日午前11時広島高裁岡山支部202号法廷内の空気は一瞬凍った。直後、携帯電話で「無効判決」を口にしながら一斉に飛び出す記者の群れ。この日は全国6か所の高裁で我々一人一票実現グループの平成24年12月16日実施の衆議院選挙無効訴訟判決日であった。そのため、いつも出廷する升永英俊先生、久保利英明先生、伊藤真先生らの姿はなく、原告席は私一人。前日25日広島高裁における約70年ぶりの無効判決を受け、岡山支部の判決にも期待がかかっていたものの、まさかの連日の「無効」判決、しかも、広島とは違い将来功なしの「無効」判決である。

以下、私が一人一票実現グループに加わりこの判決を受けた経緯について、弁護士を目指すところからお付き合い願いたい。

 

法曹を目指して

私は、大学時代、アメリカンフットボール部に所属し全く弁護士などなる予定もなく卒業後、銀行を経てソフト開発会社に勤務していた。ベンチャー企業のなかで実績を伸ばし営業所長まで勤め、株式の上場も果たしビジネスマン生活を楽しんでいた。しかし、何かもの足りなさを感じていた。そして、自然のなりゆきから、独立できるビジネスを模索していた。もともと法律に関心はあり、実務においても、債権回収や不当請求、労働関係や契約上のトラブルもあり、法律をある程度は必要としていたが、まさか弁護士になることなど考えてもいなかった。
そんなころ、弁護士を志すきっかけになる出会いがあった。一つ目は大学の同窓会でロッキード事件などを担当された吉永祐介元検事総長の話を聴き、法曹とりわけ弁護士の仕事に魅力を感じた。そしてもう一つは書店で立ち読みの際に偶然見つけた伊藤真先生の司法試験に関する書籍である。非常にわかりやすく、特に憲法理論の説明には心を打たれた。そして、自分でも司法試験に合格できるのではないかと考えてしまった。何事にも好奇心旺盛、チャレンジ精神だけは自負する私であったので、さっそく仕事と司法試験の勉強を並行するうち、弁護士の仕事が実際にやってみたくなり、遂には会社を辞めてしまい、上場した際の持ち株のキャピタルゲインと代行運転などのアルバイトで生計を維持しながら司法試験の勉強に集中することになった。もともと、ビジネスおける交渉は得意とするところであり、自分の価値観で仕事が出来るし、社会の変革もできるなどと淡い夢を描いたが、結局6回試験を受け平成15年に何とか合格できた。

 

一人一票運動

弁護士の仕事は、まずは依頼人の利益の実現にある。しかし、司法試験の合格を目指したとき、社会の変革も目指した。弁護士会の委員会活動などもその社会変革行動の一つである。

昨年12月14日、地元岡山で第12回国選シンポジウムが開催された。これは、国選弁護制度を勾留段階の一部の事件に限定されている現状を改革し、すべての被疑者に弁護人を付けることを目指すためのシンポジウムである。2年に1度、全国から弁護士のみならず一般市民も参加する一大イベントである。私は、このシンポジウムの実行委員として、イギリスの刑事弁護の調査にも赴いた。先進の刑事弁護の実情を視察し、資力要件を問わない国選弁護制度、電話で自由に被疑者と接見出来るシステムに衝撃を受けた。そして、シンポジウムでは総合司会を務めさせていただき、430人もの参加をみることができた。惜しむらくは刑事訴訟法の立法者である国会議員の参加がゼロだったことである。それもそのはず、このシンポジウムの熱気の冷めやらぬ二日後の12月16日には衆議院選挙投票日であった。平成23年3月23日の「違憲状態」最高裁判決から1年9カ月が経過したものの一切選挙区は修正されない状態、すなわち「違憲状態」のままの選挙実施であった。翌日17日我々のグループは全国14高裁に対して一斉に訴訟提起した。今度は「違憲状態」ではなく、明白に「違憲」判決が出るのではという期待があったが、反面、やはり裁判所がそのような思い切った判断を果たして出しうるか、ましてや「無効」などはやはり無理かと考えていた。
一人一票実現原則は、これまで一票の格差の問題を平等権侵害の問題ととらえられてきたものを国民主権原理から再構築したものである。

この問題は、司法試験の受験以前から大変興味深く考えていたが、衆議院では何故か3倍以内なら合憲、参議院に至っては5倍まで合憲などいう判断になるのか到底理解できなかった。しかし、人口比例選挙の実現、すなわち一人一票が原則とまでは考えが至らず、平等権侵害の観点から2倍を超えなければ合憲という通説が妥当であり、この点で最高裁判断は不当と考えていたに過ぎなかった。

弁護士になると決心したころは、この一票の格差問題にも携われたら良いななどと漠然と夢を抱いていた。

 

ただ、6回も旧司法試験を受験したので、受験途中からはとにかく合格することしか眼中になくなっていた

受験時代、伊藤真先生とは伊藤塾のイベントを通じて何度かお話をする機会があった。伊藤真先生からは憲法理論はもとより、伊藤真先生がよく受験指導で使われた「もうだめだと思わない、あきらめない、これでいいと思わない」という言葉は、私にとって人生の座右の銘となり、今でもたびたびこのフレーズを使わせていただいている。

私が司法試験の合格後直ちに独立して事務所を立ち上げたこともあって

目先の事件処理、事務所経営に追われ、一票の格差問題とは無縁な時間が過ぎていった。ただ、平成21年の衆議院選挙の無効訴訟については、升永英俊先生たちが中心になって全国の全ての高等裁判所に訴訟提起したことを報道で知り、これまでの選挙無効訴訟とは一味違う雰囲気を感じていた。

しかし、報道が冷めると再び日々の業務に忙殺されていった。そんななか平成22年の参議院選挙直後、一本の電話が鳴った。高松の弁護士で旧知の植松先生からだった。伊藤真先生から今度は全ての高裁支部でも訴訟を提起するので岡山支部での訴訟提起を私に担当してほしいという内容であった。

私のことを伊藤真先生が覚えてくれたことに何か運命的なものを感じたことと、もともと投票権の格差は甚だ不当だと考えていたので、代理人になることを即諾した。

この一人一票の弁護士グループは、升永英俊弁護士、久保利英明弁護士、伊藤真弁護士が中心となって、地方の各高裁所在地の弁護士が協力するという体制である。私の役割は、高裁岡山支部への提訴手続、報道機関への資料提供及び質問対応、記者会見場所の設置などが主な仕事である。グループに加わって、訴状を初めて熟読したとき、この一人一票の考え方の斬新さはコロンブスの卵であった。従来の平等権侵害ではなく、国民主権原理から人口比例選挙が原則であることを導き、都道府県及び市町村の枠にこだわることなく選挙区割をすれば、限りなく一人一票の等価値の投票権が実現できるというものであった。考えてみれば、当然のことである。憲法上国会議員は全国民の代表であって、憲法上その固有の存在が保障されているわけでもない地方自治体の利益代表ではないのだからである。都道府県の枠にとらわれる理由など全くないのである。

しかし、これまでの選挙訴訟の判決を知っている法律家としては、果たして裁判所が従来の判決の基準を変更するのだろうかと懸念した。

それでも、訴状を熟読すればするほど十分な法的理論と熱い説得力を感じた。そして、平成23年3月23日の最高裁判決において、平成21年の衆議院選挙のいわゆる一人別枠方式について批判し、「違憲状態」判決を出した。これまで一人別枠方式は合憲としていたことから歴史的大転換である。最高裁もやっとのことで動き始めたように感じた。ただ、我々の主張する一人一票の原則の言及はなかった。

続いて、私が最初に代理人を務めた平成22年の参議院選挙無効訴訟において、岡山支部で「違憲状態」判決、最高裁も平成23年10月17日参議院の特殊性などという理屈を持ち出さず「違憲状態」判決を出した。ただ、ここでも、一人一票原則には言及しなかった。

 

今回の衆議院選挙無効訴訟は、裁判所も今までとは態度が違っていた。法律上、選挙訴訟判決は100日以内に出さなければならない。当然である。選挙の有効性という立法行為の有効性にも直結する判断をのらりくらりやられたので国政は大混乱である。しかし、これまでこのルールはほとんど守られることがなかった。すなわち、裁判所が「違憲」と判断する気がなかった現れである。ところが、今回の訴訟は、14か所の高裁すべてが示し合わせたように、このルールを守ったのである。

3月6日東京高裁の「違憲」判決を皮切りに、「違憲」判決が相次いだ。

金沢、福岡に至っては人口比例選挙が原則であることまで言及した。山が動くのを感じていたが、3月25日の広島の「無効」判決報道には仰天してしまった。1年の猶予付きとはいえ、「無効」である。法曹関係者なら期待しつつも絶対に出ないだろうと考えていた判決である。

広島判決を受けて、明日26日の判決の旗出しの字幕に「無効」の文字を急きょ用意したものの、広島の判決を見て岡山が判決を変更することはなく、無効はないだろうと考えていた。それよりも、升永英俊先生たちが不在のなか、いかに短時間で判決内容を分析して記者会見に対応するか、この準備に追われた。さすがに、私一人で対応できる訳もなく、私の事務所の八木和明、加藤高明両弁護士に判決の分析、旗出しの応援を、事務スタッフにも判決文の謄写、即日上告の提出などを分担した。

午前11時の判決宣告後直ちに手わけし判決の分析に取りかかる、旗出しまで20分。「無効」に条件は付されておらず確定即無効、人口比例選挙原則に言及と信じられない内容であった。

この日、岡山支部だけが「違憲無効」判決を得たが、他の高裁は「違憲有効」判決であったため、全国的に岡山判決が目立ってしまうことになってしまった。記者会見後も事務所の電話や私の携帯は記者からの質問攻めであった。もう一つ驚きがあった。全国に私の名前が報道されたので、抗議や嫌がらせが殺到するかと警戒していたが、一件のface bookに書き込みがなされただけであった。多くの国民が支持した結果なのであろうか。

弁護士になって9年、このような経験があるはずもなく、果たしてまともなマスコミ対応が出来たのか、恐縮している。来るべく最高裁判決には是非一人一票の原則に言及しつつの大英断に期待し、国民主権原理を全うしてもらいたいと願う次第である。

(ザ・ローヤーズの記事とは若干表現が異なります)

ネット社会の恐怖

レディア350号(平成25年4月25日発行)

Q:16歳になる子どもが掲示板でAの悪口を書いてしまった。すぐに消したらいいですよね?消さないとどうなるの?

 

A:Aが特定できる状態で,悪口を書くと名誉棄損となり,刑事罰や損害賠償責任を負うことがあります。Aの名前や住所,職業等が書かれていると個人を特定できますので,名誉棄損となる可能性が高まります。

名誉棄損は,ウェブ上に悪口を書き込んだ時点で成立するため,書き込みをすぐに消したとしても,関係ありません。また,すぐに消したとしても,一度ウェブ上に書き込まれた以上,書き込み内容がウェブ上に相当期間残ります(キャッシュ)。そのため,googleやYahooで検索するとヒットしてしまいます。

書き込みを消さない場合,ウェブ上に永続的に残りますし,第三者があなたの書き込みを2ch等に書き込むことにより,書き込みが拡散する可能性もあります。そうすると,もはや収拾がつかなくなり,書き込みが独り歩きしている状況になってしまいます。こうなってしまうと,拡散した書き込みの削除も難しいですし,Aと話し合いにより解決することも困難です。そのため,刑事罰を受ける可能性が高まります。

また,悪口と書きましたが,仮に真実を書き込んでも名誉棄損となることがあります。この点は,十分に注意してください。今,あなたが書き込もうとしている内容は大丈夫ですか?

子どもが火事を起こした場合の責任能力は?

子どもが火事を起こした場合の責任能力は?

子どもが火遊びをして火事を起こし、他人の家が燃えてしまったとき、親は損害を賠償しなければならないのか―。あまり考えたことはないかもしれませんが、火事による被害は非常に大きく、子どものしたことと安易に考えると重大な問題になりかねません。

原則、11歳未満の子に責任能力ないが
親は監督責任により賠償義務

子どもが他人に故意または過失によって危害を加えたとき、11歳未満の子どもには原則として法律上責任能力は認められず、11歳から14歳の子どもでも具体的な事情により、法律上責任能力が認められないこともあります。
子ども自身に法律上責任能力が認められない場合には、子どもに損害賠償義務は発生しません。もっとも、子どもに法律上責任能力が認められない場合には民法714条により、親に監督責任に基づく損害賠償義務が発生してしまいます。

重大な過失がないとの立証は困難
裁判所でも認める例ほとんどなし

ただし、過失により火事を起こした場合、民法と失火責任法という特別の法律により、親が子どもの監督について重大な過失がなかったことを主張・立証したときには賠償義務を免れると考えられています。
重大な過失がなかったことの証明は、一見すると簡単なことのように感じられますが、実際に裁判所が、親に重大な過失がなかったと判断した例はほとんどありません。なぜなら、子どもに常日頃から火遊びをしないように注意をしていたり、マッチやライターなどを子どもの手の届かないところへ厳重に管理したりしているような家庭は実際には少なく、また仮に注意や管理をしていても、そのことを証明することは非常に困難だからです。

親は道義的・法律的にも責任が発生

さらに、子どもに法律上損害賠償義務が認められる年齢であっても、親の監督責任が全く免除されるわけではなく、子どもとは別に損害賠償義務を負うこともあります。
このように子どものしたことについて、親には道義的な責任だけでなく、法律上の責任も発生してしまいます。火事に限らず、お子さんのことで何か問題が起こったときには安易に考えず、弁護士に相談していただければと思います。

 

山陽新聞レディア(H25,2,27)

その他の取り扱い事件につきましては、こちらをご覧ください。

第12回国選シンポジウム岡山大会を振り返って

第12回国選シンポジウム岡山大会を振り返って

賀 川 進 太 郎

 

国選シンポジウム実行委員に選任

昨年12月14日、岡山市の岡山コンベンションセンターにおいて、第12回国選シンポジウム岡山大会が開催された。岡山では、もちろん中国地方でも初の国選シンポジウムである。国選シンポは2年に1回ごとに各単位会で行われるので、まさに100年に一度の開催となるビックイベントである。

この国選シンポには、当初の目標を上回る430名の方が参加され、内容的にも充実しており「成功」の評価頂けるのではないかと思っている。

成功の評価を頂けるという受け身の表現から、私がこのシンポの傍聴人ではなく、開催側に属していたことがわかっていただけると思う。

国選シンポの準備は早くから行われる。私が国選シンポの実行委員に選任されたのは、平成23年10月であった。これまで、国選シンポに参加したのは平成22年の京都大会、もちろん傍聴しただけである。私は、平成23年4月より岡山弁護士会の刑事委員会委員長に就任し、同時に日弁連刑弁センターの委員にも就任したばかりであったが、まずはこの準備期間の長さに驚いた。しかも、委員会の雰囲気はもう準備時間が足りないという感じであり、一体どのような準備するのか興味津々であった。

岡山で開催されるといっても、委員は全国から選任されているので、月に一度の委員会は東京で開催された。まもなくして、委員会は4つの部会に分かれた。報酬部会、第3段階部会、第4段階部会、制度改革部会である。私は、第4段階部会の所属となった。

 

第4段階部会とは

第4段階部会とは、逮捕段階において全被疑者に対して、どのように国選弁護を付けるのか研究する部会である。

周知のとおり、現在の国選弁護段階は勾留段階の重大事件の被疑者までであり、これは第2段階である。これを勾留段階の全被疑者まで拡大するのが第3段階となる。

逮捕段階から、国選弁護人を付けるとすると当然刑訴法の改正が必要となり、予算も伴う。予算や立法の問題はひとまず置くとして、手続きとしてそもそもどのようなものが相当なのか?弁護士会として対応できるのか?最長72時間しかない逮捕段階で、交通不便な地域において対応できるのか?被疑者の資力要件はどのようにして確認するのか?などなど問題が山積みであった。

当番弁護型、被疑者国選前倒型、両者の折衷案などのモデル案が提出されたが、なかなか議論がまとまらなかった。そこで、海外視察により他の国の制度を参考にしようということになった。ドイツ、イギリスが視察の対象国となった。

 

イギリス調査

私は、イギリス調査団の一員となった。調査団のメンバーは以下のとおりである。

前田 裕司(国選シンポ実行委員会委員 東京 調査団長)

水谷  賢(国選シンポ実行委員会委員長 岡山)

賀川進太郎(国選シンポ実行委員会委員 岡山)

酒田 芳人(イギリス調査団 東京)

橋本 佳子(イギリス調査団 東京)

山本  衛(イギリス調査団 東京)

葛野 尋之(一橋大学大学院法学研究科教授)

仁木 敦子(通訳)

このイギリス調査は視察期間は5日間であった。ロンドンの弁護士会、法律事務所、裁判所、拘置所、大学などを訪問した。また、ロンドンだけでなく、ロンドンから電車で1時間から2時間ほどのブリストル、ブライトンも訪問し、イギリスの刑事訴訟手続きについて、生の現場を知ることが出来たことは貴重な体験であった。

資力要件不要

イギリス調査において、まず驚いたのが国選弁護(果たしてこの言葉が適切かどうか疑問も残るが)にもかかわらず、被疑者の資力要件が一切不問であることである。全被疑者は無料で弁護を受けられるのである。第4段階部会の議論のなかで、逮捕段階で、一体どうやって裁判官の関与なしに資力要件の確認を行うかについて様々な議論が沸騰していたことなど、どこかに飛んでしまった。仮にも公権力を用いて市民の自由を奪う以上、弁護士費用は国が支出するのが当然という考え方である。これは、ドイツの場合も同様であった。ヨーロッパ人権条約の影響である。

ただ、財政難や被疑者の人権に関心の低い日本にあって、資力要件を問わない国選弁護の実現はまさに夢のような話にも思えた。

電話接見

次に驚いたのが、弁護人と被疑者は24時間電話接見が可能であることである。実際、訪問先のサセックス(ブライトン市)の拘置所の被疑者の個室内には通話装置が設置されていた。

第4段階の議論のなかで、日本で逮捕段階から国選弁護が付くとしても、果たして短い逮捕段階で弁護士が接見に行くことが出来るのか。離島、僻地はどうするのか。この問題は、電話接見が面倒な手続きなしで可能になればほとんど解決されてしまうのである。

確かに、直に面談した方が信頼関係が生まれるし、被疑者の様子も良く分かるであろう。

それでも、捜査機関の取調べが開始される前にただちに被疑者に電話を入れて、「弁護士が行くまでは何も話さなくてよい。そういう権利がある」などと助言するだけでもかなりの効果は期待される。また、二回目以降の接見においても、ただ状況を確認するだけのような場合なら出向く必要はないことも実際には多く、弁護士人の負担も軽減出来るし、電話接見の場合の国選接見報酬を安くしたとしてもクレームはないものと思われる。

弁護士以外も接見可能

さらに、イギリスでは、弁護士は自ら接見しなくとも弁護士資格がない者を自己の代わりに接見させることが可能なのである。元警察官などが多く、一定の資格審査はあるようだが、想像もできなかった制度がある。

次に、国選弁護の質を担保する制度であるが、さすが市場原理の国である。被疑者が国選弁護人を事務所単位で指名可能なのである。訪問先のエドワーズ弁護士(ロンドン)は「国選弁護人の大部分は指名によって選ばれており、各事務所は指名を獲得しようと懸命に被疑者のために尽力する」と述べられた。また、サセックス(ブライトン市)の拘置所には弁護士依頼のPRポスターが貼っていた。キャンベル弁護士も、「リピーターが多いので、前回しっかり弁護すれば必ず指名来る。指名が来ずに順番を待っていたら、ほんの少ししか事件は回ってこない」などと冗談を交えて述べていたのが印象的であった。

ちなみに、拘置所、法律事務所、弁護士会、大学などすべての訪問先では常に紅茶やクッキーで丁重な歓待を受けたことも報告しておきたい。

次に、今回のイギリス調査の目的とは直接関係はないが、他の刑事弁護制度も紹介させていただくことにする。

証拠開示制度

いち早く被疑者と接見しても、捜査機関の手の内が分からなければ的確な助言はできない。イギリスでは、運用上、黙秘権行使と引き換えに事実上の証拠開示がなされている。証拠をみて弁護人は罪を認めるか判断できるのである。捜査段階での証拠開示などまず不可能だと考えられている日本との違いにまたもや驚く。

取調べの可視化と弁護人立会権

これらは、当然の制度となっていた。私は、可視化もさることながら弁護人立会権の重要性を認識出来た。すなわち、弁護人が代わりに応えることができない以外は、黙秘権行使を指示したり、被疑者と直ちに相談したり、調書を確認したりとその効果はかなりものかと考える。

このような被疑者を資する制度を次々に紹介していくと、捜査に支障はないのだろうかと疑問が湧いてくるが、ご存じのとおりイギリスはカメラが至るところに設置されているし、盗聴、司法取引も行われているなど日本とは異なる制度があることも押さえておかなければならない。

財政面

最後に、財政面についてであるが、日本と比べ充実した弁護制度であるが、結局のところ、費用は税金である。昨今の財政状態悪化を受けて、イギリス政府はコールセンター対象事件を拡大しようと考えている。コールセンターとは、交通違反などの極軽微な犯罪で逮捕された場合、国選弁護人は付かず、拘置所から24時間コールセンターに電話をすることにより弁護士のアドバイスを受けられる制度である(なんと、コールセンターは民間企業である)。このコールセンターの対象事件を拡大しようとしているのである。この動きについて西イングランド大学のケープ教授は、「不本意だが、いたしかたない面はある」と述べられた。国選弁護制度を財政的に支えているのは結局のところ税金であり、制度拡張に限界があることも押さえておくべきである。

しかし、日本の場合、国際水準より遥かに低いレベルの刑事弁護制度にもかかわらず、国選弁護の拡大の話を持ち出すと、政府関係者はすぐに財政の問題を出してくることにはやはり大いに疑問が残るところである。

裁判所

イギリスでは、重罪はクラウンコートで陪審制、軽罪はマジストレイトコート、中間犯罪がクラウンコートマジストレイトコートを選択できるという制度になっている。

マジストレイトは一般市民が裁判官として裁判を行う。この判決がユニークであった。国選弁護費用の負担はないが、検察官費用は負担させるのである。被害弁償も裁判所が額を決定してしまう。

思わず笑ってしまったのは、裁判官が被告人に現在の所持金と週給額を訪ねて、分割額を決定してきちんと払うように説明するのである。また、大部分の被告人は在宅で、公判に臨んでいたのも印象的であった。

クラウンコートでは詐欺事件、爆弾テロの予備事件等を傍聴した。裁判官のみならず弁護人も検察官もカツラに法服で、ときにジョークを交えて発言するのが習慣なのか、話には聞いていたが微笑ましく思えた。詐欺事件では被告人不在なかで審理をしていたのが印象的であった。

日本の弁護士会の頑張りをイギリスの弁護士へ

私は、個人的にエドワード弁護士に対して、当番弁護の費用について弁護士会が自費で行っていることについて伝えたところ、非常に驚かれるともに、敬意を表してくれたことが一つの救いであった。また、当会の弁護士会費の額を告げたところ、イギリスの5倍以上の金額だったことにも非常に驚かれていた。

このようにイギリス視察は日常業務では体験でなきないことばかりで大変有意義であった。また、視察期間中、刑事弁護の第一人者の前田先生や刑訴法学者の葛野先生らと話が出来たことも大きな収穫であった。

 

国選プレシンポ 平成24年11月9日

国選シンポに先立ち、岡山弁護士会でプレシンポを開催されることとなった。私はパネリストとして参加することになった。このプレシンポも本シンポと並行して準備をすることになったので準備が大変であった。このプレシンポは岡山弁護士会主催であり、当会独力で準備をしなければならないからだ。

韓国の刑事手続制度

何度か協議を重ねた結果、韓国の早期の身体解放制度を研究し、日本の制度と比較することになった。当会からも数名が参加している日弁連の調査団が韓国を訪問し、現地で情報収集を行った。その後、韓国より李東熹韓国警察大学校教授を招いて、当会プレシンポ実行委員との間で勉強会を開催した。

李先生は、日本に留学経験があり流暢な日本語を話し、日本の刑事訴訟制度にも精通しておられたので、日韓の刑事訴訟制度の比較を行うことが出来た。

韓国での勾留請求却下率は24%、保釈率は43%と高い数字である。この数字は、検察側が勾留請求を相当に絞って出しての数字なのでさらに驚きである。また、日本にはない起訴前保釈制度として拘束適否審査手続という制度があり、起訴前にお金を積むとか住宅を制限するとか一定の条件のもとで身体解放が行われている。被疑者段階であれば、勾留するかしないかの二者択一しかない日本に比べ、非常に柔軟な制度である。

次に特筆すべきは、韓国では勾留審査の場で、弁護士が付いて公開法廷において弁護した上で勾留するかどうか決めるという制度である。日本の場合、何度申し入れても勾留質問の場に弁護人の立会いが認められないのが現状である。

また、取調べの可視化、弁護人の立会いも当然に制度化されている。

気がつけば刑事訴訟手続後進国

私は、平成23年に、台湾の弁護士会の方々とも刑事弁護制度についての勉強会を行った。台湾も、取調べの可視化や弁護人の立会制度化がすでに実現している。このように気がつけば、可視化も弁護人立会権もない日本は世界でも少数派となってしまった。ましてや先進国のなかではもっとも遅れているのが日本の制度かもしれない。

韓国、台湾とも軍事独裁政権のもとで不当な身体拘束による人権侵害がなされたという時代背景があるにせよ、日本に追いつこうとしていたものが、今や相当に先を走っているように感じてならない。

私は、韓国や台湾で刑事訴訟手続改革をどのようにして成し遂げたのか非常に興味があったのだが、韓国・台湾ともに弁護士会の役割ももちろんあったようだが、主には政治主導によりこの改革が達成したとのことであった。人権侵害の歴史的背景から国民世論が後押しした結果であった。日本の場合、戦前の治安維持法による不当な身体拘束の反省から新刑事訴訟手続き制度が設定されたのだが、その後、形骸化というべきか制度疲労を起こしているように感じる。ある意味、今の日本は平和ともいえるのであるが、不当な身体拘束に対する国民世論の盛り上がりは少なく、国民の票が期待出来ない刑事訴訟改革が果たして政治主導でなしうるのか考えると悲観的にならざるを得ない。

もっとも、このような状態で捜査機関の捜査はどのように行っているのかという疑問に対しては、韓国では国が保安上の必要から国民全員全指の指紋を把握していることや盗聴なども行われているとのことであった。この点は、イギリスと同様捜査機関の対抗手段にも配慮していた。

プレシンポ当日(平成24年11月9日)

当日は、岡山弁護士会の大会議室がほぼ満杯となる約130名の方々の参加を得た。弁護士のみならず一般市民の参加も数十名あった。また、ほとんどの方が途中で席を立つことなく、参加人数は開会してからも増えていった。

内容的にも参加人数からいっても大成功だったと思う。

プレシンポのあとの懇親会の席で、李先生とイギリスの電話接見の話になった際、李先生はその場から韓国の警察署の署長に電話をされて、「韓国でも今は電話接見可能になっています」と教えていただいた。近年、日韓関係が揺れているが、学ぶべきところは学ぶべきだと思う次第である。

 

 

国選シンポ当日(平成24年12月14日)

私は、当会の岩﨑会員ともに総合司会をすることになった。リハーサルを行ったり、皆さまの協力の元、なんとかこなすことが出来た。

その他、岡山駅から会場までの道案内のため、当会刑事委員会のメンバーに協力を仰ぎ、寒い中、各所で案内板を持っていただいた。(この場を借りて、感謝したいと思う。)

当日、一番気になったのは、なんといっても参加者の人数である。衆議院が突然解散になりこのシンポの2日後が投票日であることや、このシンポ開催の少し前に当会の弁護士の不祥事が明るみになったことで、参加人数への影響が懸念された。

しかし、当日は天候にも恵まれ、会場は満杯状態となり、後方の参加者の机を撤去して椅子を入れなければならない状態になってしまった。この点は、当日配布資料が相当に大部であり、シンポ中に資料を閲覧するのに相当支障があったのではないかと後日の実行委員会でも反省点としてあげられた。

内容的にも、参加人数的にも大成功だったと自負する。ただ、惜しむらくは、一番聴いてほしかった政治家の方々が、衆議院選挙投票2日前ということで参加予定者全員がキャンセルされたことや、平日開催ということもあって裁判所や検察庁の方々の参加もほとんどなかったことである。

以下国選シンポ当日の内容をまとめた。イギリス調査のみならず、ドイツ調査、韓国調査、弁護報酬、第3段階実現体制など私が直接関わっていない分野についても素晴らしい内容であった。

第三段階実現について

弁護士数の増加のみならず各単位会や会員の努力によって、第三段階がいつ始まっても対応可能な状態であること、被疑者弁護援助制度の活用による成果として、岡山広島の弁護士の弁護活動が紹介された。

つづいて、国選報酬については、国選弁護報酬に関するアンケート結果の分析から国選報酬体制の問題点が指摘されるとともに、今後のあるべき姿が示された。実例として、国選弁護人が何十万円もの私費を投じて私的鑑定を依頼せざるをえなかった岡山の活動例や、不起訴や認定落ちを獲得しても国選報酬額にまったく反映されない広島の例が紹介された。

 

制度改革について

「被疑者段階における身体拘束からの早期解放を目指して」と題してパネルディスカッションが行われた。韓国における「拘束適否審査制度」の視察結果から、人質司法打破を目指すための制度改革について議論が行われ、起訴前の証拠開示、起訴前保釈制度、勾留再審査手続を導入が提案された。

 

 第4段階について

そして、私も調査に参加したイギリスの制度を踏まえた第四段階についてのパネルディスカッションである。

前述のように、当番弁護士型、被疑者国選前倒型、両者の「折衷型」の3案を検討してきたが、これらの案を統一するために、イギリス、ドイツの弁護制度視察が実施された。ドイツでは、被疑者の意思にかかわらず国選弁護人を選任する制度を導入することによって逮捕段階の弁護活動が行われている。パネルディスカッションでは、イギリス型ドイツ型をそれぞれ前提とする二つの「私案」をもとに、具体的制度について議論が実施された。しかし、統一的結論までにはいたらなかた。

 

私としての第四段階

イギリスドイツともに、資力要件を問わないこと、国選弁護人は指名出来るという点は共通である。しかし、ドイツでは、そもそも供述証拠は証拠能力を認めないという運用がなされているので、弁護人がただちに接見する必要がないという点で、イギリスや日本とは大きく異なっている。被疑者は国選弁護人を何日もかけて選ぶのが通常というドイツの制度は、まさに供述証拠の証拠能力を認めないという運用のなせる技であり、日本で果たしてこのような制度が導入できるものなのかと考えてしまう。私としては、イギリス型を基本にして電話接見を認めるように目指すのが一番現在の制度の改良型と言えるのではないかと考えている。とはいっても、資力要件撤廃(資力要件を付けると弁護士人がただちに選任されない。)、電話接見の実現、コールセンターの設置など、果たして実現しうるのか財政面の了解は取れるのかと考えるとき、世論の後押しや強力な政治力が不可欠ではないかと考えてしまう。

 

 最後に

しかし、我々の先輩方は当番弁護士制度を20年以上前に制度化し、数年前には被疑者国選弁護制度を実現したのである。このときどれほどの世論の後押しがあったのか、政治力があったのか。実現に向けて弁護士会や我々弁護士の力を信じたい。

犯罪の連鎖と社会的コスト

弁護士 賀川進太郎

 

刑務所出所者の多くは、身寄りも住む所も仕事もありません。あるのはわずかな作業報奨金数万円だけです。(3~5年の懲役の場合の作業報奨金は5~10万円程度)。この報奨金が尽きると、空腹や寒さを防ぐために、万引、無銭飲食、無銭宿泊、寸借詐欺等を犯してしまいます。すると今度は当然前回よりも長く服役し、出所しても支援者も職も家も金もないという状態が一層深刻になります。そして再び生きるための犯行に走るという犯罪の連鎖が始まります。実際、刑務所服役9回、服役総年数20年以上という被告人の弁護を担当したこともあります。

新聞、テレビで報道される刑事事件は、殺人、強盗などの凶悪犯罪や会社の横領、粉飾決算などが主ですが、実際に犯罪として多いのは窃盗です。

窃盗の中にはプロの窃盗集団のような職業犯罪者もいますが、圧倒的に多いのがいわゆる万引です。スリルを楽しむためと動機を誤解している方が多いですが、私の経験上、スリル目的の万引の弁護をしたことはありません。万引きの動機は二つです。倹約のため、そして生きるためです。この生きるための万引も繰返せば当然刑務所で服役することとなり、犯罪の連鎖が始まります。

この犯罪の連鎖を食い止めるには、本人の意思だけではどうにもならない面があります。

「衣食足りて礼節を知る」という故事を引くまでもなく、人は最低限の食料、衣服、住居がなければ法律を守れないと言えるのかもしれません。出所して、今度こそ真面目に生きようと誓っても現実は厳しいものがあります。面倒をみてくれる身内がいれば良いですが、いなければ報奨金は底をつきその日の空腹を満たせず、野宿する他ありません。ここで古松園のような更生保護施設の役割が重要になります。犯罪者は甘やかすなという意見もありますが、社会的コストの面から見れば、刑務所受刑者一人当たり年間200~300万円の国費がかかるという試算もあります。受刑者の再犯を抑制することで、このような税金を使わなくて済むのです。なにより受刑者を更生させれば、不幸な犯罪被害者を生むことが避けられます。

このように、社会的コストという面から見ても、古松園の存在意義は大きいものがあります。ただ、古松園は国の力だけで支えられるものではありません。出所者をそこへ導くことはもちろん、更生のための就労先、居住先の協力、資金援助等、社会の協力が不可欠なのです。今後とも、我々弁護士はもとより多くの方に、古松園を支えていただきたいと思います。

(古松園だより)